東京地方裁判所 昭和43年(ワ)6987号 判決 1969年9月26日
原告
桜田正雄
代理人
池田純一
被告
太平交通株式会社
被告
金沢栄一
代理人
三森淳
主文
被告らは連帯して原告に対し金二、一二六、六六七円および内金一、九二六、六六七円に対する昭和四三年七月五日以降支払い済みに至るまで年五分の割合による金員の支払いをせよ。
原告の被告らに対するその余の請求を棄却する。
訴訟費用はこれを三分し、その二を原告の、その余を被告らの、各負担とする。
この判決は、原告勝訴の部分に限り、かりに執行することができる。
事実
第一 請求の趣旨
一、被告らは連帯して原告に対し七〇〇万円およびこれに対する昭和四三年七月五日以降支払済みに至るまで年五分の割合による金員の支払いをせよ。
二、訴訟費用は被告らの負担とする。との判決および仮執行の宣言を求める。
第二 請求の趣旨に対する答弁
一、原告の請求を棄却する。
二、訴訟費用は原告の負担とする。
との判決を求める。
第三 請求の原因
一、(事故の発生)
原告は、次の交通事故によつて傷害を受けた。
(一) 発生時 昭和四〇年六月一三日午前九時頃
(二) 発生地 東京都荒川区荒川一丁目三二番地先交通整理の行われていない交差点
(三) 加害車 普通乗用自動車(練五あ七九―二二号以下甲車という)
運転者 被告金沢栄一(以下金沢という)
(四) 被害車 軽四輪自動車(以下乙車という)
運転者 原告
被害者 原告
(五) 態様
被告金沢は右交差点を南千住から荒川区役所方面に向い直進する際、右方道路から進行してきた乙車側部に甲車を衝突させたうえ乙車を横倒せしめた。
(六) 被害者原告の傷害の部位程度は、次のとおりである。
頸部挫傷、尾骨部挫傷、左側胸部及び左背部打撲傷により事故当日より同年八月七日まで清水医院に入院。翌日より清水徹男医師、更に昭和四二年六月一二日以降大橋病院に通院。
(七) また、その後遺症は次のとおりである。
頸椎損傷後遺症(鞭打症)。
二、(責任原因)
被告らは、それぞれ次の理由により、本件事故により生じた原告の損害を賠償する責任がある。
(一) 被告太平交通株式会社(以下被告会社という)は、甲車を所有し自己のために運行の用に供していたものであるから、自賠法三条による責任。
(二) 被告金沢は、事故発生につき、次のような過失があつたから、不法行為者として民法七〇九条の責任。
右交差点は左右の見通しが困難であつたから、一時停止又は左右道路の交通の安全を確認すべき注意義務があるのに、左右の安全を確認せず時速約七〇粁で進行した過失。
三、(損害)
(一) 逸失利益 一〇、〇六六、六六六円
原告は事故当時建築業桜田工務店を経営し、満四八才で、月収一五万円は下らず、少くとも爾後一〇年間は益々信用を得て発展し収入も増大する状況にあつた。
然るに原告に右受傷のため入院中はもとより退院後も営業に従事することができず、収入の途も全く断たれ、現在は生活扶助の支給を受けている。
従つて、事故後一〇年間の原告の収入の途絶及び減少による逸失利益は、既に経過した昭和四三年六月一二日迄の三年間は一ケ月収入一五万円として合計五四〇万円、又同年六月一三日以降同五一年一二月迄の七年間については後遺症の病状並びににわかに転業もかなわぬ事情等に鑑み、その労働能力は五〇%低下し、一ケ月七五、〇〇〇円の減収となるので、右期間合計六三〇万円の利益を失うこととなるが、年五分の割合による中間利息をホフマン式計算法によつて控除するとその現在額は四、六六六、六六六円である。これに前記五四〇万円を加算した一〇、〇六六、六六六円が逸失利益の額である。
(二) 支出が予定される治療費 四〇万円
原告は前記後遺症の治療を今後少くとも五年間は継続しなければならず、従来の治療保護の適用を受け支出を逸れているが、その金額は年額八万円を下らないから、今後少くとも四〇万円を負担しなければならない。
(三) 慰藉料
原告の本件傷害による精神的損害を慰藉すべき額は、前記の諸事情に鑑み八〇万円が相当である。
(四) 損害の填補
原告は被告会社から後記示談金として四三、三三三円の支払を受け、自賠責保険より五万円の支払を受け、これを右損害に充当した。
(五) 弁護士費用
原告は財団法人法律扶助協会を通じ弁護士たる本件原告訴訟代理人にその取立てを委任し、同人に対する手数料及び成功報酬として本件請求額(認容金額)の一割五分の範囲内の一〇〇万円を支払わねばならない。
四、(結論)
よつて、被告らに対し、原告は一二、一七三、三三三円を請求しうるものであるが、本訴において、右内金七〇〇万円およびこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和四三年七月五日以後支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
第四 被告らの事実主張
一、(請求原因に対する認否)
第一項中(一)ないしは(四)認める。(五)は否認する。(六)傷害の事実は認めるが、部位程度は不知。(七)は不知。
第二項(一)は認める。(二)は否認する。
第三項(一)ないし(三)は不知。(四)は認める。(五)は不知。
二、(事故態様に関する主張)
甲車進行方向手前に都電の交差点があり被告金沢はここで一時停車し、静かに発進して間もなく本件事故が起つた。
原告は狭い道路から被告金沢の普通速度で進行する広い道路に突然飛び出し自ら、甲車に衝突し自ら横転して受傷したものである。原告は狭い道路から広い道路に何ら減速徐行の措置も構じないで漫然進行した過失がある。
三、(抗弁)
(一) 過失相殺
右のとおりであつて事故発生については被害者原告の過失が九割程度寄与しているのであるから、賠償額算定につき、これを斟酌すべきである。
(二) 示談成立
原告と被告との間には、昭和四〇年八月一六日左記内容の示談が成立しているから、本件請求は失当である。
(1) 車輛の損害については夫々自己負担としてその賠償を相互に請求しない。
(2) 被告会社は原告及びその同乗者の入院治療費、付添婦費用及び休業補償費等を全額支払つたことを確認する。
(3) 被告会社は原告に対し示談金一〇万円、その同乗者二名に対しても示談金各一〇万円をそれぞれ支払つたことを確認する。
(4) 原告は被告らに対し以後一切請求しない。
(三) 消滅時効
本件事故は昭和四〇年六月一三日であり、原告は同日以後いつまでも本訴請求をなし得べき状態になつた。本訴は昭和四三年六月二二日に提起されたものであり、時効は昭和四三年六月一三日完成しているので被告らはこれを援用する。
第五 抗弁事実に対する原告の認否
(一) は否認する。
(二) 原告と被告会社との間に示談が成立したことは認めるが、その内容のうち(1)は認める。(2)(3)は否認する。その内容は被告会社は原告の示談当時の入院治療費、付添婦費用及び休業費を全額支払つたこととする。被告会社は示談金として原告に対し一三万円を支払う。というものであつた。
(三) 本件事故発生日及び訴提起の日は認めるがその余は否認。
第六 原告の再抗弁
(一) 本件示談契約は、その前提たる事実について要素の錯誤があり無効である。即ち原告は被告会社の事故係から原告の傷害には後遺症の虞れはないと強調され、示談をうながされたので熟慮する時間もなく、承諾した。原告はその頸部挫傷が現在の如く悪化するとは夢にも思わなかつた。従つて示談には重大な錯誤があつた。
(二) 時効の抗弁について、原告は昭和四三年六月一三日午後被告金沢の妻に対し本訴請求をなす旨告げた。よつて、時効は被告金沢に対する右催告によつて中断され、同月二二日本訴を提起しているから、被告らの右主張は理由がない。
第七 再抗弁に対する被告らの答弁
示談契約が要素の錯誤により無効である旨の主張は否認する。
第八 証拠は本件記録中証拠目録記載のとおり。
理由
一請求原因第一項(一)ないし(四)の事実は当事者間に争いがない。<証拠>によれば、原告は本件事故により顕椎挫傷、尾骨部挫傷、左側胸部左脊部打撲傷の傷害を受け清水病院に昭和四〇年六月一三日から同月八月六日まで入院加療をうけたことが認められる。
二請求原因第二項(一)は当事者間に争いがない。被告金沢の過失の有無及び被告らの過失相殺の抗弁につき判断する。
<証拠>によれば次の事実が認められる。
(一) 本件交差点は南千住方面から荒川区役所方面に向う東西の車歩道の区別のない幅員9.9米の道路(以下A道路という)と博善社方面から三の輪方面に向う車歩道の区別のない幅員4.3米の道路(以下B道路という)がほぼ直角に交差するところで、見通しはよくない。
(二) 原告は乙車を運転しB道路を博善社方面から三の輪方面に向つて時速三〇粁で進行し、本件交差点にさしかかり、交差点入口附近で一旦停車したが、左方より来る自動車の有無を十分確認することなく発進し、交差点中央辺りまで進んだとき左方A道路から進行して来る甲車を発見し、ブレーキをかけたが乙車の左側面と甲車が衝突し、乙車が横転した。
(三) 被告金沢は甲車を運転しA道路を時速約三五粁位で本件交差点にさしかかつたが、交差点の七〜八米手前で、右方B道路から出て来た乙車を発見し(このとき甲乙車の距離は約九米)、あわてて急ブレーキをふみ、ハンドルを左に切つたが及ばず交差点内で乙車の左側に甲車を衝突させたことが認められる。
右認定事実によれば、被告金沢には見透しの悪い交差点に入るに際し徐行すべき義務があるのにこれを怠つた過失が認められる。一方原告には狭い道路から広い道路と交差する交差点に入るに際し、一時停車を行つたが、左方の安全を確認を十分尽さなかつた過失が認められ、両者の過失の割合は被告金沢四、原告六と認められる。
三次いで被告の示談の抗弁及び原告の要素の錯誤の再抗弁につき判断する。
(一) 原告と被告会社の間に昭和四〇年八月一六日示談が成立したことは当事者間に争いがなく、<証拠>によれば、右示談契約の内容は(1)車輛の損害については夫々自己負担としてその賠償を相互に請求しない(この点は争いがない)(2)被告会社は示談当時までの原告の入院治療費、付添婦費用及び休業補償費等を全額支払つたことを確認する。(3)示談金として被告会社は原告に対し一三万円支払う。但し、(2)、(3)については被告会社において強制保険の請求手続をし、保険金より(3)について一三万円以下の金額の支給があつた場合はその支給金額に限られ、不足分を被告会社で支払わない。原告は本件事故につき被告会社に対し今後一切の請求をしないというものであつたことが認められる。
(二) <証拠>によれば、被告会社社員大塚は事故の翌日である昭和四〇年六月一四日清水病院入院中の原告と示談交渉をし、強制保険の範囲内で被告会社が補償をすることにまとまり、原告との間で同年六月二四日その旨の覚書を作成し、原告が退院した一〇日後である同年八月一六日にその趣旨に基づき前記内容の示談書を作成したこと。当時原告は清水医師の下に通院中で首の痛みは残つていたが、原告および被告会社の代理人の大塚は原告の首の痛みはすぐ治る程度のものであると認識し、示談をしたものであること。その後も原告の症状は治らず、昭和四二年六月一二日より大橋病院に通院し、顕椎損傷後遺症により、耳鳴、眩暉、項部より右脊部に亘る疼痛、左上・下股のシビレ感、特に右手指に振戦があり、顕椎に圧痛及首の運動障害中等、特に雨天時は症状増悪、握力右五六、左二六、レントゲン上第五顕椎体の変形が認められるといつた症状があり、昭和四四年五月頃も右症状が残つており、大橋病院に通院中であることが認められる。
右認定事実によれば示談当時原告の後遺症の認識につき重大な錯誤があつたというべきで右示談契約のうち右認定の(4)の今後一切の請求をしないとする部分は要素の錯誤により無効と認められる。即ち示談契約のうち(1)(2)は後遺症の発現と無関係でありこの部分は有効と解すべきであるが、(3)の示談金の支払いにより今後一切の請求をしないという部分が無効と解されるのである。従つて、被告らは連帯して次の損害を賠償すべき義務がある。
四(一) <証拠>によれば、原告は、桜田工務店の名称で建築業兼設計士の仕事をし、当時一四、五人の人を使い、事故前六ケ月間の稼動状況は、昭和四〇年三月二〇日より四月末日まで富士薬品商事株式会社の増築工事を工事費二五〇万円で請負い、フタバ建設株式会社の下請工事として、昭和三九年一二月より三月までブロンズ内装工事材工一式三五〇万円、昭和四〇年三月より約一ケ月羽鳥印増築工事八五六、〇〇〇円、同年三月末日より四月まで新日本出版社倉庫新築工事一一二万円、同年四月より五月まで真田ビル内装工事材工一式七〇万円、山幸商店の下請として、昭和三九年一〇月より一二月までの広川邸新築工事一六〇万円、昭和四〇年三月より五月まで浅草商店街約六〇軒クーラー取付工事一二〇万円、同年五月鶯谷バー「黒い真珠」内装工事八〇万円を完了したことが認められる。右工事より挙げ得た純益は諸経費を控除しても概ね工事代金の一割程度であることは経験則上明らかであるので、一ケ月平均純益は原告の本訴で主張する一五万円を下らなかつたものと認められる。しかして三、(二)で認定した事実によれば昭和四二年六月一二日大橋病院において診察をうけた頃から後遺症が固定したものとみるべきで労災保険の後遺症等級の診断は受けていないけれども、右認定の症状は概ね九級に該当するものと考えるので、原告は昭和四二年六月一二日から三五%程度の労働能力の喪失期間は原告の症状及び顕椎損傷後遺症についての一般的な医学上の処見に照らし、昭和四二年六月一二日から五年間とみるを相当と認める。従つて、この間の原告の労働能力減退による損害は、昭和四二年六月一二日より一ケ年の分は六三万円となり、昭和四三年六月一三日より四年分につきホフマン複式により中間利息を控除すれば二二四万(一万円未満切捨)となり、この合計は二八七万円となる。原告の逸失利益の請求中、入院期間中の分については前に説示したとおり示談契約の(2)により請求し得ないものというべきで、退院後昭和四二年六月一一日までの間の分については、この間の原告の症状、通院の有無について何ら認める証拠がないので、逸失利益の請求を認めることができない。
(二) <証拠>によれば、原告は昭和四二年六月より生活保護法により保護を受け、同法の保護により前記大橋病院の通院治療費として昭和四二年六月より昭和四四年三月までの二二ケ月間に二三六、八〇三円を支払つていること、本件訴訟により賠償金を得た場合は保護の停止又は変更があり得ることが認められ、将来通院の必要な期間は前認定後遺症の程度に照らし今後二年六月程度で、一ケ年に必要な治療費は原告の主張する八万円を下らないものと認められるのでこれを月別法定利率による中間利息を控除すれば一八万円(一万円未満切捨)となる。
(三) 右の(一)、(三)合計は三〇五万円となるところ、前認定の原告の過失を斟酌すれば一二二万円となる。
(四) 前認定の原告の後遺症の程度、通院の程度、将来の通院の必要性、原告の本件事故についての過失の割合を考慮し原告の受くべき慰藉料は八〇万円をもつて相当と認める。
(五) 右(三)(四)の合計は二〇二万円となるところ、原告本人尋問の結果によれば被告会社より四三、三三三円の支払を受けたことが認められ、原告が大正海上火災保険会社から自賠責保険金五万円の交付を受けたことは原告の自陳するところであるので、これらを控除すれば一、九二六、六六七万円となる。
(六) 原告が法律扶助協会を通じ原告訴訟代理人に訴訟提起を委任したこと本件記録上明らかであるが、これに要した手数料、今後支払うべき報酬のうち被告らに賠償させるのは二〇万円が相当である。
五被告の消滅時効の抗弁につき判断するに、前認定の事実によれば、原告は本件事故当初から昭和四〇年八月一六日の示談をした頃は前認定の如き顕著な後遺症の発現を予想していなかつたところ、昭和四二年六月一二日大橋病院に通院するに及び顕著な後遺症の発現を知つたものと認められ、この時に損害の発生を知つたものというべきで、消滅時効はこの時点から起算されるというべきで、本訴提起時にはいまだ消滅時効は完成していないものと解する。従つて被告の抗弁は採用し難い。
六よつて、原告の被告らに対する本訴請求のうち二、一二六、六六七円および内弁護士費用を控除した一、九二六、六六七円に対する訴状送達の日の翌日であること記録上明らかな昭和四三年七月五日以降支払済みにいたるまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める部分は正当として認容し、その余は失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九一条、第九二条、仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用して主文のとおり判決する。(荒井真治)